東京家庭裁判所 昭和40年(家イ)5926号 審判 1966年2月04日
国籍 大韓民国全羅北道 住所 東京都
申立人 李康良(仮名)
本籍 東京都 住所 東京都
相手方 山川律子(仮名)
主文
相手方と申立人との間に母子関係が存在することを確認する。
理由
一、申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、
(一) 申立人は、戸籍上韓国人亡李奉祀とその妻韓国人金美令との間に生れた嫡出子として記載されているが、真実は、右亡李奉祀と日本人である相手方との間に生れた非嫡出子である。
(二) すなわち、右亡李奉祀は、大正末期当時日本の領土であつた朝鮮から日本内地に留学し、東京の日本大学文学部哲学科を卒業した後昭和二、三年頃当時日本女子大国文科に通学中の相手方と知り合い、昭和四年一一月二七日頃より東京都内において事実上の夫婦として同棲生活を始め、その間に昭和五年八月二一日李仙元(現在、山川仙元)を、昭和九年九月二三日(戸籍上は昭和一〇年一月二三日)申立人を、昭和一二年一一月三日李京山(現在、山川良)をそれぞれ儲けたのであるが、右亡李奉祀は既に朝鮮において金美令(現在所在不明)と婚姻していたため、申立人を含む前記三児を非嫡の子とするに忍びず、いずれも妻金美令との間の嫡出子として出生届出をしたものである。
(三) かような訳で、申立人は、戸籍上は、右亡李奉祀とその妻金美令との間の嫡出子として記載され、現在は韓国人として外人登録をしているのであるが、実際は出生後父である亡李奉祀(昭和三一年三月一四日死亡)、母である相手方および兄弟とともに生活し、母とは申立人が昭和三七年一一月二六日日本人である河田三郎と事実上の婚姻をするまで、同居し、現在も親子として日常往来をしているのである。既に兄の李仙元、弟の李京山はいずれも帰化手続を了し、それぞれ日本人山川仙元、山川良として生活しているのであるが、申立人のみ帰化手続が未了で右河田三郎との婚姻届出もしてない状態にある。
(四) そこで申立人は帰化手続をとる前に相手方との間に母子関係の存在することを確認してもらい、帰化が認められた後は、相手方の戸籍に入籍のうえ、右河田三郎との婚姻届出を了したいと思うので、本申立に及んだ
というにある。
二、本件につき、昭和四一年二月四日に開かれた調停委員会の調停において、相手方と申立人との間に母子関係が存在することを確認することにつき、当事者間に合意が成立し、その原因についても争いがないので、当裁判所は、本件記録添付の各戸籍謄本並びに申立人および相手方に対する各審問によつて必要な事実を調査したところ、申立人の主張する一の(一)ないし(三)記載のとおりの事実(もつとも、申立人の主張によれば(三)の記載の如く「既に兄の李仙元、弟の李京山はいずれも帰化手続を了した」というのであるが、弟李京山は申立人主張の如く帰化手続を了したものであるが、兄李仙元は、帰化手続を了したものでなく、相手方との養子縁組により、相手方の戸籍に入籍したものであることが認められる)が、認められる。
三、さて、まず本件において、相手方は日本人であり、申立人は韓国人であるが、日本東京都内に住所があり、また永住の意思を有すること(この点は事実調査の結果明らかである)が認められるので、わが国の裁判所が本件につき裁判権を有し、かつ当家庭裁判所が管轄権を有することは明らかである。そこで、本件の準拠法について考案するに、本件は、虚偽の出生届出に基づき、韓国戸籍に親子として記載されている場合に、その表見上の韓国人の母と子との間に母子関係が存在せず、その子と日本人の実母との間に母子関係が存在することを確認することを求めるものであるが、かかる非嫡出子と母との間の親子関係は父との間の親子関係が認知によつて発生するのとはことなり、一般に分娩出産の事実によつて発生するものと解される(棄児の場合の如きは認知によつて発生するものと解される)。したがつて、かかる場合の準拠法については、法例に直接の規定はないが、子の認知に関する法例第一八条一項の規定の類推適用により、子である申立人については大韓民国民法、母である相手方については日本民法を準拠法とみるのが相当である。
四、ところで、大韓民国民法第八五五条第一項によると、婚姻外の出生子は、その生父か生母がこれを認知することができることが認められ、また日本民法第七七九条によると、嫡出でない子はその父または母がこれを認知することができることが認められている。日本民法第七七九条の規定については、母の認知に棄児等例外的な場合に限られ、非嫡出子と母との間の親子関係は一般に母の認知を要せず、子の分娩出産の事実によつて当然に発生するものと解されているのであるが、大韓民国において、同国民法第八一五五条第一項が、右日本民法第七七九条の規定と同様に解されているのか、それとも全面的に母の認知を要すると解されているのか、必ずしも明らかでない。しかしながら、前記の如く、申立人は戸籍上韓国人亡李奉祀と金美令との間の嫡出子と記載されているが、実際は相手方が亡李奉祀との間に分娩出産した非嫡出子であると認定される本件においては、日本民法によれば、申立人と相手方との母子関係は相手方の分娩出産の事実によつて当然に発生しているものと解され、韓国民法によるも相手方の分娩出産の事実によつて当然に発生しているか、または、少くとも相手方の認知によつて発生させうると解することができるのである。
ただ、韓国家事審判法第二条によれば、非嫡出子の父または母に対する認知請求は丙類審判事項(調停の対象となりうる)、嫡出親子関係存否確認は、乙類審判事項(調停の対象となりえない)とされており、本件申立の如き非嫡出子の母子関係存在確認がなしうるか否か、またはなしうるとして調停の対象となしうるのか必ずしも明確でない。しかしかかる手続法的な問題については、管轄権のあるわが国の裁判所にその申立をする以上、法廷地法であるわが国の法律によるべきものであるから、本件ではわが家事審判法第二三条の手続によりうるものと解される。
よつて、相手方と申立人との間に母子関係が存在することを確認する旨の当事者間の合意は真実に合致し、正当なものと認められるから、当裁判所は、調停委員松原至大、同塩飽照栄の意見を聴いたうえ、家事審判法第二三条により、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)